2010年01月17日(日)
名鉄ハイキング〜讃岐うどんMUG [イベント]
ktamuraさんのお誘いで、名鉄が企画したウォーキングに参加してきた。出発点は我が家から3分の布袋駅。酒蔵に寄って、五条川沿いを歩いて、北野天神社にお参りして、ゴールは隣の江南駅。名鉄には、帰りの1駅分しか乗らなかった。
写真は、北野天神社で開催されていた『筆まつり』の様子。人が多くて大変なのはわかるけど、キレぎみな人が多くて、江南の印象が悪いなぁって思った。
午後からは、ういろMUG例会へ。こちらは、前回の讃岐うどん例会のときの写真。今回は、食べるのに夢中であまり写真撮ってなかった。美味でございました〜〜〜
Posted by 純子ママ at 21時03分 パーマリンク
2010年01月15日(金)
風来坊にて囲む会 [食べある記]
参加なさった皆様、ありがとうございました。お疲れ様でした。かつてのWCAN常連だった皆様にお会いすることができて、とっても楽しいひとときでした。
風来坊の手羽先は、山ちゃんほどピリ辛じゃなくて、食べやすかったです。でも、メニューの種類がイマイチかな。写真は最初の方しかありません。
Posted by 純子ママ at 23時26分 パーマリンク
2010年01月14日(木)
鏡餅のカビ [日常の出来事]
どうしてます?
真空パックの餅だからカビないとか?w
家でお餅つきをしていた頃は、もっと大きいのをたくさん作ってたけど、今は買ってきたお鏡餅が4組だけ。それでも、鏡開きをした後の始末は、それなりに大変。
昔の人は、お餅のカビは食べても害がない、などと言ってたみたいだ(義母も表面のカビだけ落として平気で食べている)けど、ネットで調べてみると、発癌性があったり,肝障害を起こす場合もあるので、カビの生えたお餅は食べずに捨てましょうと書いてあるものもあった。
私の場合、とりあえず水の中にドボン、ドボン。しばらく置いとくと、バラバラにほどけてくる。表面に出ていたカビは包丁でこそげ取っておいても、バラバラになってくると、結構中の深い所までカビが侵食している。カビの部分を包丁やブラシ等で丁寧に取って、つけてある水を何度も替えて、綺麗になったお餅を少しずつ食べて行く。
この、バラバラになったお餅は、電子レンジでチンすると、プーッと膨れたわりにはまだ固い部分があったりするし、お雑煮などに入れて煮ると、ぐちゃぐちゃにとろけて汁が濁ってしまう。自分ひとりで片付けるのは大変だし、家族に食べさせるのは少々気が引ける。
そこで、ちょっと面倒くさいけど、餅巾着がお勧め。レンジでチンしても、膨れずにムラなく柔らかくなるし、お鍋に入れてもとろけず美味しくいただける。普段の餅巾着は、干瓢で口の部分を結ぶんだけど、これは中身がバラバラなので、ぽんぽんに詰めて楊枝で留めてみた。
今夜は、味噌煮込みうどんに入れて、美味しゅうございました。ここまで手を掛ければ、家族に食べさせても大丈夫。餅巾着にしたものを冷蔵庫に入れておけば、家族も自分でチンして食べてくれる。
Posted by 純子ママ at 23時12分 パーマリンク
2010年01月09日(土)
下駄箱の上に赤ちゃん [日常の出来事]
午前中、義母から電話がかかってきた。
「裏口の下駄箱の上に、椎茸の赤ちゃんと、キャベツの赤ちゃんが、いっぱい乗っとるんだけど、ちょっと見に来てぇー!」
で、置いてあったのがコレ。お義母さん、椎茸の赤ちゃんじゃなくて、マッシュルームです。キャベツの赤ちゃんは、芽キャベツって言います。
置いてったのは、たぶんお隣のおばあちゃん。うちの駐車場にクルマを停めさせてあげてるから。
写真は、義母から1/3くらい分けてもらったもの。まだまだあるよ。とりあえず、今夜はクリームシチューに。BGMは、capsuleのFLASH BESTより、レトロメモリーで。
Posted by 純子ママ at 19時12分 パーマリンク
2010年01月05日(火)
主人の年賀状 [日常の出来事]
結婚して以来、主人の分の年賀状もずっと私が作っていた。最初のうちは印刷屋に頼んで、宛名は手書きで。そのうちに、プリントゴッコとワープロを使うようになって、徐々にパソコンに移行して行って、年賀状作りは楽にできるようになってきた。
問題だったのは、主人の分を誰に出すかということ。20年以上の間、「去年と同じでいいよ」というだけで、全く手伝おうという気がなかった。いや、主人はパソコンができないので、作成を手伝ってもらおうとは思わないが、誰に出すのかだけは目を通して欲しかった。
私にしてみれば、顔も知らない人ばかりで、どの程度の付き合いをしているのかもわからない。前の年に、誰から受け取ったかをチェックして、その年に出す人のリストを作って、主人に確認してもらいに行っても、ほとんど見ようともしてくれなかった。
2001年のお正月のこと。年末から入院していた主人の叔母の食事の介助のために、私は三食とも病院へ通っていた。当時、年末の大掃除も一切手伝ってくれなかったし、自分の年賀状もすべて私に任せっきり。家族の食事を作ってから、毎食病院へ通う生活に、私の疲労はピークに達していた。
Posted by 純子ママ at 20時07分 パーマリンク
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